Vol.52
家具屋の思い出
「寒い休日」
寒い休みの日。朝は何度目を覚ましても、まだまだと遅くまで布団の中でごろごろしている。これが幸せ。娘が社会人となって出て行ってからこの家は夫婦2人っきりになった。休みの日はそれでもする事がいっぱいあって、居ない娘の部屋も含めて家中掃除をしたり、買い物に行ったり要らない物の片付けをしたり、たまに私は仕事に行ったりとあっという間にその1日は終わってしまう。ゆっくり起きた朝にのんびり新聞を広げ時間をかけて隅々まで読むのも楽しい。近頃の新聞の情報はすでにネットで知っていて新しいものではないが色々な人が書いた文章を読むのも面白いし書籍や音楽の新作の紹介など為になる物がたくさんある。勿論差し込まれているチラシも全て目を通す。この日のスーパーのチラシに寒い日は鍋!とある。私はもう何日も前からおいしい鍋を家で食べたかったが、時々行くスーパーでそれなりの食材を見つけることが出来ないでいた。このチラシを見て、「よし今日は寒いから鍋にしよう!」じわじわと敵陣に迫り、頃合いよし、機は熟した「馬を引けい!いざ出陣じゃ」的なスタートを切ろうと妻を見た。「いいね。鍋いいわね。」「えっ今から出かけるの?でもお化粧もしてないし、ごみも捨てなきゃ・・・ 20分位待ってくれる」・・・よし善は急げ今すぐ買いに行こうという私の心は木っ端みじんに砕かれ、そんなこと言うなら君を入れたごみ袋に化粧してそのままごみ置き場に置いてきちゃうぞとか言うおぞましい言葉が湧いてくるのをつばと一緒に飲み込むのに苦労してしまう。長い間夫婦をやっているとそんな心の動きも何事もない時間の流れに見えるのがまたスリルとサスペンスを超えた不思議さである。やっとのことでそのスーパーにたどり着き速足で鮮魚売り場へ。カートを押しながら目は鮮魚売り場から乾物コーナーを通り過ぎ精肉をすっ飛ばしもう一周鮮魚売り場へ。でこれがなかなか見つからない。焦る慌てる涙ぐむ。「もう売り切れちゃったのかな?」「ねえ君魚屋さんに聞いてみてくれないか。」妻が渋々尋ねる。すると売場の人が「ありますよ!もうありませんか?なければ奥から出しますね。」あるのか。ありがたい。滲んだ涙を拭きながらよく見ると鮮魚コーナーの片隅に一つだけ残っていた。見つからないはずだ。器の表面が凍っていて中は全く見えなかった。一つ握りしめ家路へ急いだ。帰り着くと「鍋よね。」「寒い外でテーブル出して食べるのもいいんじゃない?」と妻が言った。「寒いよ」「だからいいのじゃないの」「まぁそれもいいけどその前に夕飯を早い時間に食べようよ。」いつも一緒に働いていて大体夕食は20時位だから今日は17時に食べようという話になった。「いいね。じゃあまだ明るい16時に風呂に入ろうかな!」「20時には寝れるぞ。」なんだか心がウキウキ、ごみ袋のいきさつは別にして、こんな小さな幸せが、二人っきりの大きな幸せに感じた寒い休日だった。