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家具屋の思い出話(56)

「金髪の社長」

その人の焼き鳥屋に置いてあったギターをひょいと抱えて歌いだした動画を撮ったのは、僕が使っている1つ前のスマホの時だから、彼と知り合って10年位は経つ。彼と初めて会ったのは業界の先輩に紹介された家具のメーカー展示ブースだった。何だかチャラそうで、軽そうで、服も野暮ったい、そんなふうに見えた。このブースはもういいかな。早々に立ち去ろうと考えていたが、不思議に商品は味のあるものが多かった。とりあえずその人と名刺交換をした。社長だった。やっぱりチャライ2代目社長か。でも僕を連れてきた先輩はにこやかにそのチャラそうな彼と話し込んでいる。何でこんな人とそんなに穏やかに話が出来るんだ。正義感の強い先輩だと思っていたその人の見方さえ変わりそうだった。私もその輪に入りわざと聞いた「スミマセン社長なんですね。」「そうなんですわ。」四国地方の言葉遣い。「私この会社に最初バイトで入ったんです。その前はローソンでバイトしてて面接受けたんです。」「その時金髪やったんですけど『この会社で働きたかったら明日髪を黒に染めて来~い』言われて。」「それでもまた次の日金髪で行ったらそこにあった黒の塗料で髪染められてしもたんですわ。」「なんや無茶するなぁと思うたんですけど、まぁ私も金髪で行ったからチャラですわな。」「で、会社入れてもろて一生懸命働いたら何年かして工場任されるようになって。」「その頃どこにでもあるようなこたつを山ほど作ってたんですけど、これじゃあかんなぁと思っとったんですわ。そこで会社にそのこと言うと、『ほんなら、お前が社長やれや~』ってことになって、で、今社長やってるんです。」私は恥た。お客様を見た目で判断するなと周りに言っておきながら、業者の方を見た目で判断してしまっていた。彼は社員一同から全幅の信頼を勝ち得て、並々ならぬ努力の結果で社長をやっている人だった。私はその晩彼を誘って飲んだ。彼は店にあったぼろいギターを弾きながら自分で作った歌を唄った。時々ライブをやっているバンドマンでもあった。物おじせず自分を出せるすごく楽しい人だった。憧れたと言ってもいい。それからずっと仲良くさせてもらっているが、近頃の彼は讃岐プロジェクトと言う讃岐の山を守る事業に参加し、山に生えているどんぐりのなる木、コナラやクヌギを伐採し、山に光を当てて讃岐の山を強くしようとしている。そのコナラやクヌギで作った無垢のテーブルは木目が立っていてなかなか味があり、そこにバンドマンのエキスを含ませて、自分の好きなジミーヘンドリックスの得意なギターコード(本当はE7#9なのだが)をテーブルの名前に付けて「E7 Table」としたりしている。真面目に遊んでいる彼が眩しく羨ましい。もっと頑張って欲しいし、私もそのプロジェクトを応援している。今、私の店では彼の会社が作るテーブルや椅子が私の店の特徴として欠かせない商品になっている。


家具屋の思い出話

「学生の頃」

僕が大学に入って2年後に松尾君が入学してきた。彼はとても華奢な体型ながら父に負担をかけまいと毎日が一生懸命でバイトもしていた。僕らのようにのんびり学生生活を謳歌している風のろくでなしとは全く違っていた。彼は一生懸命に生きる力がそうさせるのか時給がすこぶる良いバイトを次から次と探してきた。そしてそのバイト終わりには必ずカップ麺を段ボール箱ごと買ってきて「食べるものがあると安心するんですよ。」と目を細めていたことを覚えている。

彼が夏休み前に見つけてきた不思議なアルバイトがあった。沼を埋めるのに液体を流して腐らないようにする為の機械を設置した仮設の小屋の中で丸1日その機械が動いているのを見ているアルバイトだった。機械が止まると旅館にいるその会社の人を呼ぶ。ただそれだけの仕事だったらしい。夏のそのバイトの間、「一度仕事に就くと席を離れることもできなかったから三四郎も宮本武蔵も全巻読みましたよ。」と言っていた。それなのにとても良いバイト代だったらしく聞くところによると僕がやっていた電気屋の店頭のバイト代とは10倍ぐらいの差があった。「来年は僕にもそのバイト紹介してよ。」「いいですよ。」と言う話だったが、そんないいバイトを手放すはずもないのはわかっていた。

さらに一年後に入ってきた後輩が天神のカフェでバイトし始めてこっそり僕に言ってきた。「3階建てのそのカフェの3階の厨房に僕は居るので3階に来たらコーヒー一杯の伝票で何食べてもいいですよ。」とても悪いことだとはわかっていたが、松尾君の空腹を満たし、彼を喜ばせる為だと思い決行した。僕らは3階に上がり、背中合わせの別の席に座りそれぞれ好きなものを次々と注文した。当然最後に僕はコーヒーを注文する。松尾君も思いっきり注文している事が背中越しに聞こえていた。あらかじめ松尾君には小銭を渡して別々に清算するように示し合わせていた。僕は最後にカフェの彼から伝票を受け取りそ知らぬ顔で1階のレジに伝票を出した。手渡す伝票が小刻みに震えていて、己の肝の小ささがよくわかった。まあやったことのない者の罪悪感がそうさせたのだとも思う。「コーヒーですね。380円です。」お金を払い店の外に出た。助かった。少し先に歩いた。後から出てきた松尾くんに「おいしかったか?腹いっぱいになったか?」と言おうと振り向いた瞬間、僕は目を見開いた。彼の口元にしっかりカレーがついていたのだ。コーヒーとだけ書かれた伝票を出した松尾の口元に。

「松尾、ばれてたかもな。やっぱ悪い事はしちゃいけないよな。」二人泣き笑いでバスに乗り下宿に帰った。その夜カフェでバイトしているその後輩に報告すると彼は腹から笑った。「大丈夫ですよ。俺が何とかしてきますよ。」それから先の事はすっかり忘れてしまったが、たぶん僕なりに始末を付けたんだと思う。それにもう一つ不思議なことだがそれから先の松尾君の事を僕は全く思い出せない。口元のカレーは思い出すのに。


家具屋の思い出話

「専務サンのプー」

以前居た会社の思い出。あの優しい専務サンがお昼を終えて会社に戻ってきた。「まぁ私はうどん屋さんに食べに行ったんだけど、財布を忘れて行ったのよ。恥ずかしい。今お支払いを済ませてきたのよ。」皇室の方のように上品な人だった。専務サンは耳が悪かった。右の耳には補聴器を付けていた。その昔信号待ちをしていた時に真横を通り過ぎたトラックのけたたましいクラクションで片耳が聞こえなくなったと聞いていた。でもそれはそれは優しいちっちゃなおじいさんだった。これは専務サンと当時総務部の僕ら3人が偶然一緒になって6階まで階段を上って行った時の事なのだが。3階への階段を上がる頃、どこからともなくプップップッと聞こえて来る。何の音かと思うと、専務サンが階段を1段上がるたびにプッと聞こえてくる。これはもしかして専務サンのプー?いやそんな事があるものか!あの上品な専務サンに限ってそのような事が・・・しかしまぎれもなく専務サンが階段を1段上がるごとにプッと奏でている事に私は気づいてしまった。実況中継するとこうなる「この秋晴れのお昼休みも、すでに終盤に差し掛かって参りました。さぁ、専務サンが総務部へと続く階段を一歩一歩上がって行きます。6階までの長い道のりですが1段2段3段と軽やかに上がって行かれます。齢70歳を超えたとは思えぬ軽やかなステップ。さぁ3階へと続く5段目。この技を習得し、この領域まで完成させたのはいつの頃なのでしょうか?出たぞ5段目プッ!6段目プッ!お~とここからは踊り場だ。踊り場ではどういう表現になるのか?専務サンと踊場との戦いが始まる。聞いてみよう。お~想像をはるかに上回る意外なサウンド、長い音だ。もう一回VTRを見てみよう。階段を上がる。踊り場に差し掛かる。そしてまた階段を上がる。階段でプップップッ、踊り場で長いプ~~、また階段でプップップッ!!芸術だ。まさに芸術そのものではありませんか。何と軽やかにそしてリズミカルに奏でるプーでありましょうか。一段一段と上がる度に奏でられる見事なリズム。世界の小澤の指揮に合わせたかのような刻み具合は周りに居る人々を虜にしてしまい、この優雅なる世界感を誰かに伝えたい思いで満たされるのではないでしょうか。何という高揚感、何という潔さ!」…そばにいた他の2人はこの現象をすぐには理解できていなかったが、全てを理解し終えた時、肩をふるわせ、笑いをこらえ少し間を置いて静々と専務サンの後を上がって行くのだった。この事は勿論私を含めた総務部3人の秘め事となったのだが、あの一件以来3人が何かしらおおらかな優しさを出し合い始めたのはきっと大人の階段を一段上がったからだと思われた。ほっこりと温かい思い出は心の隅に、ほのかに残っている。


Vol.53

家具屋の思い出話

「投票旅行」

休みの日、「期日前投票に行こうよ。」僕が誘った。「じゃあ歩いて行こう。」妻が言った。車で行くつもりだったが、天気も良いし体の為にもなる。いいアイデアだ。そう思った。「行く前にトイレに行っとこう。」「早くしてよ。出かける時一番遅いんだから。」いつも叱られる。道中のトイレが心配でその前に必ずトイレに行っておくのが僕の流儀だ。会場に着くと「期日前投票会場」の看板が倒れていた。見過ごす事が出来ず二人で起こしていると係の人が飛んできて「スミマセン!いつも倒れるんです」と言う。いつも倒れるなら倒れない方法をあれこれ考えるんじゃないのと思いなんだかおかしくなった。中に入ると「お持ちの投票用紙の裏に名前と生年月日を書いてください!」「お二人の投票用紙は入れ替わっていませんか?」と言われた。なるほどそういうパターンもあるのか流石餅は餅屋だ!言う事が理にかなっていると納得させられた。さっきの看板の人だったけど。「そこに座って書いてください。」僕と妻は鉛筆を持って書き出したが、さすが私の妻、そこに置いてある全く別の白い用紙にさらさらと名前を書こうとしていた。「その紙じゃなくて、投票用紙の裏だから」、妻はなんだ、と言う顔で、何事もなかったかの様に自分の投票用紙の裏に名前を書いた。それでいい。無事に投票も済ませて、もう少し歩こうと言うことになりそこいらを散策してパン屋に寄って少しだけパンを買って帰ろうとしたらちょっとお腹の調子が変になった。思った以上に時間をかけたせいで私のスケジュールが狂った。ちょっと早足になったところを妻は見逃さず「あれーどうかしちゃったのかな~」薄々感じとったのか?天使でもない普通のおばさんが悪魔に変わろうとしている。家に近づいてくるとなじみの小料理屋がある。そこはランチもやっている。今は午後2時。「ランチ終わりました?それは残念だなぁ、ところでトイレ貸してもらえますって聞けばいいじゃん」とほぼほぼ悪魔に変身した妻が笑いながら言う。「そういう訳にもいかないだろう」と言いつつちょいとマジで聞いてみようかと思う状況になってきた。私の歩く姿は歌舞伎役者の女形が悲しみを堪えながら膝をちょいと曲げ悔しさを滲ませて前に進む感じに似ていた。残り時間を計算し、急げない状況ながらも・・・言った。「ちょっと急ぐよ。」「うぇ~もう我慢できないんでしょう~!」妻は完全に悪魔と化し顔を覗き込み笑ってくる。そして聞いてきた。「ねぇねぇじゃぁ帰って1階と2階のどっちのトイレに行くの~?」この悪魔もトイレに行きたいんじゃないか!脂汗と男気を出して言った。「じゃあ僕は2階でいいよ!」男とはそういうものだ!と泣きながら自分に言い聞かせた。どうにか間に合いソファに腰掛けて悪魔から普通のおばさんに戻った妻に強がりを言った。「二人で散歩が出来て楽しい投票旅行だったねぇ。」妻はあらまと言う顔をして背中を向けたがその背中にはまだ悪魔の羽がちらりと見えた。


Vol.52

家具屋の思い出

「寒い休日」

寒い休みの日。朝は何度目を覚ましても、まだまだと遅くまで布団の中でごろごろしている。これが幸せ。娘が社会人となって出て行ってからこの家は夫婦2人っきりになった。休みの日はそれでもする事がいっぱいあって、居ない娘の部屋も含めて家中掃除をしたり、買い物に行ったり要らない物の片付けをしたり、たまに私は仕事に行ったりとあっという間にその1日は終わってしまう。ゆっくり起きた朝にのんびり新聞を広げ時間をかけて隅々まで読むのも楽しい。近頃の新聞の情報はすでにネットで知っていて新しいものではないが色々な人が書いた文章を読むのも面白いし書籍や音楽の新作の紹介など為になる物がたくさんある。勿論差し込まれているチラシも全て目を通す。この日のスーパーのチラシに寒い日は鍋!とある。私はもう何日も前からおいしい鍋を家で食べたかったが、時々行くスーパーでそれなりの食材を見つけることが出来ないでいた。このチラシを見て、「よし今日は寒いから鍋にしよう!」じわじわと敵陣に迫り、頃合いよし、機は熟した「馬を引けい!いざ出陣じゃ」的なスタートを切ろうと妻を見た。「いいね。鍋いいわね。」「えっ今から出かけるの?でもお化粧もしてないし、ごみも捨てなきゃ・・・ 20分位待ってくれる」・・・よし善は急げ今すぐ買いに行こうという私の心は木っ端みじんに砕かれ、そんなこと言うなら君を入れたごみ袋に化粧してそのままごみ置き場に置いてきちゃうぞとか言うおぞましい言葉が湧いてくるのをつばと一緒に飲み込むのに苦労してしまう。長い間夫婦をやっているとそんな心の動きも何事もない時間の流れに見えるのがまたスリルとサスペンスを超えた不思議さである。やっとのことでそのスーパーにたどり着き速足で鮮魚売り場へ。カートを押しながら目は鮮魚売り場から乾物コーナーを通り過ぎ精肉をすっ飛ばしもう一周鮮魚売り場へ。でこれがなかなか見つからない。焦る慌てる涙ぐむ。「もう売り切れちゃったのかな?」「ねえ君魚屋さんに聞いてみてくれないか。」妻が渋々尋ねる。すると売場の人が「ありますよ!もうありませんか?なければ奥から出しますね。」あるのか。ありがたい。滲んだ涙を拭きながらよく見ると鮮魚コーナーの片隅に一つだけ残っていた。見つからないはずだ。器の表面が凍っていて中は全く見えなかった。一つ握りしめ家路へ急いだ。帰り着くと「鍋よね。」「寒い外でテーブル出して食べるのもいいんじゃない?」と妻が言った。「寒いよ」「だからいいのじゃないの」「まぁそれもいいけどその前に夕飯を早い時間に食べようよ。」いつも一緒に働いていて大体夕食は20時位だから今日は17時に食べようという話になった。「いいね。じゃあまだ明るい16時に風呂に入ろうかな!」「20時には寝れるぞ。」なんだか心がウキウキ、ごみ袋のいきさつは別にして、こんな小さな幸せが、二人っきりの大きな幸せに感じた寒い休日だった。

Cozy Flat オーナー 仲 洋史
名称Cozy Flat
住所筑後市四ヶ所菅原田460-1
TEL0942-52-3480
Instagramcozyflat5252
営業時間10:00~18:30
定休日水曜、第2・4木曜