院長 相浦 利孝
《「減塩」のアナザーストーリー》科学が向かう未踏の地について
私、あいうら、『「増塩」はカラダに良く、心身のコンディションの改善に役に立つ』と仮説を立てています。ただ、この仮説に『科学的根拠』はありません。
では、『減塩』の方は、どうでしょうか?世間一般的には、『「減塩」はカラダに良く、脳卒中や循環器疾患のリスクを低下させる』と言われていますが、これにも『科学的根拠』はありません。
『科学』は、「塩分摂取を増やす」と「血圧」が高くなり、「減らす」と低下するという事と、「血管の詰まりや破れの発症リスク」は、「高い血圧」で高まり、「低い血圧」で低くなるという事を『根拠』を持って証明しました。整理すると、『減塩』が「血圧」を低下させる『科学的根拠』はあります。ただ、『減塩』が直接「血管の詰まりや破れの発症リスク」を下げる因果とはされていません。つまり、『塩』は「血圧」に影響しますが、『塩』自体がカラダに悪影響を及ぼすという『科学的根拠』がある訳ではありません。
私、あいうら、この『「減塩」はカラダに良い』という飛躍した言説が一般的に広まり続ける事は、人の利益にならないと考えています。『減塩』は、「血圧」を低くし、体液の「ミネラルバランス」を乱す可能性があります。「低い血圧」は、全身への「血流(灌流)」を低下させ、体液の「ミネラルバランス(電解質)の乱れ」は、「神経伝達」を乱します。「血流(灌流)」と「神経伝達」の乱れによって、「病気の発症リスク」が高まる事は、誰もが容易に想像できると思います。
『減塩』が始まって60年以上の間、「科学」は何もして来なかったのか?決してそういう訳ではありません。『科学』は、むしろ細かく仮説と検証を繰り返し、「数値化しにくい領域」を無視せず、踏み込み、新しい知見も出しています。
では、なぜ、未だに正確ではない『塩』のイメージが広まってしまうのか?『減塩=健康』は、解かりやすさとキャッチーさで世間に浸透し定着、その構造が「教育・医療・食品産業」に深く組み込まれ習慣化ていく。それが一般化し過ぎた今。『一度、広まったものは、急には変えられない』実にもどかしく思いますが、コレに尽きるんだと思います。
私、あいうらが立てた『「増塩」はカラダに良く、心身のコンディションの改善に役に立つ』という仮説には、『科学的根拠』はありません。ただ、『増塩』する事には、「血圧」を上昇させる『科学的根拠』と「ミネラル(電解質)」を補う生理学的『根拠』があります。『増塩』には、「血流(灌流)」と「神経伝達」の乱れを整え、「心身のコンディション」を改善させる可能性が十分あると思っています。
私、あいうらは、「心身のコンディショニング」に『天然塩』を使った『増塩』を取り入れています。『科学』が踏み込みつつある、不確かで個人差に富む『人の体感・感覚』をもとに、仮説検証を実践しています。
《「減塩」のアナザーストーリー》
科学の認知誤認について
「減塩が正しい」と言う人は、「多数」いらっしゃいます。私、あいうらは、「増塩が正しい」かもしれないと言っている「少数派」です。当然、「多数派」だからという事で、物事の「正しさの根拠」には成りえませんし、双方に「正しさの根拠」が存在している以上、「白黒」はっきりした「正しさ」は存在しません。つまり、絶対的に「減塩が正しい」とは言い切れないというのが、私、あいうらの主張です。
今後、この主張が検証され、答え合わせが出来る未来が来るのか?今の現状から考えると、まだまだ、可能性は低いというのが現実的だと考えます。なぜそう考えるのか?極めて本質的な理由としては、「科学が正しい」と信じている人がほとんどで、まさか「科学」を否定する者などいないと考えるのが「多数派」だからです。さらに踏み込んで問題提起すると、「科学」は、あくまで「確からしさの指標」であって、絶対的な「根拠」を裏付けるものではないという事です。
今の現状を言うと、「医学的根拠」は「科学」によって裏付けられるべき、評価されるべき論で語られます。「科学の確からしさ」によって成り立ってきた医療では、「多数派の根拠」を積み上げ、「少数派の根拠」は例外として扱う事で効率的に制度を保ってきました。それが、もう限界圏だと思います。近年の説明出来ない、原因不明の症状や病気は、「少数派の根拠」を排除し、医療制度の外側に放置し続けたツケが回って来たとしか思えません。とは言え、まだしばらくは、「科学」が「多数派」の構図は続くと思います。改めて繰り返すと、私、あいうらの主張は、まだ「少数派」として制度上存在しない扱いになるので、検証される事はなく、現状は続くと考えています。
しかし、いつしか、「少数派の根拠」が検証されて行けば、「多数派の根拠」へと「濃淡(グラデーション)」で連なっている事が判ります。また、「科学的根拠」も「確率の高低」や「仮説の強弱」によって「濃淡」を表現するものにすぎず、本来的には、「白黒」はっきりさせるものではありません。
「科学の認知」が進めば、大きく医療体制を変革するはずです。「高確率・強仮説」を要した「科学的根拠」は、高度な判断力と迅速な対応が求められる「命を救う最前線」の現場において、最大限、力を発揮すると考えられます。救急科、集中治療室(ICU)、脳神経外科、麻酔科、産科、このあたりは進化し残っていくでしょう。それ以外の慢性期・外来中心・QOL重視のように緊急、急変リスクの少ない対象の科はその頃になると、変化せざるおえない状況かもしれません。東洋医学と予防医学の理解が進み、AIによる高度なカウンセリング分野が洗練されていく事で通院せずにセルフケア中心に置き換わっていても不思議ではありません。
私、あいうらの仕事も然り、過去のものになっている事も十分考えられます。それは、リアルに想像出来るレベルでの「悪夢」でもありますが、ある意味ポジティブに望む「未来予想図」でもあります。今のうちに、しっかり「仕事」を楽しんで、味わっておこうと思います。