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vol.59

家具屋の思い出話

「妄想」

近頃の気温はどうした事か。必ずエアコンをつけて寝ろと口うるさくテレビが言うので色々と試すが、設定温度と布団の厚みがかみ合わず寒かったり暑かったりで、どうにもうまくいかない。昔は一度寝てしまえば朝までぐっすり。起きると汗まみれと言う状態だったのだが今では今日はうまく寝付けるかなと心配している始末。さらに悪い事に寝てもすぐに目が覚める。最高新記録と自負しているのは11時40分に眠りにつき12時15分に目が覚めた時。「どらどら5時位かな」と思いきや12時15分だった時にゃ皆様面食らいますぞ。つい先日はとうとう朝の5時まで寝付けなかった。「神は我を見放した」と思いながらようやく5時過ぎに寝付いたが、今度は起きようとすると寝不足でボーとしているから困ったものだ。普通に心地よく寝ようとして、たまにBSのNHKなどを見る。ヨーロッパの美しい風景にピアノの音が流れる。このピアノの音がとても心地よい。心地良すぎて眠れない。そしてすぐに妄想が始まる。心地よいピアノの音の中で僕は女の子と出会う。その子は決まって犬の散歩をしている。犬の散歩をしている女の子はかわいいに決まっている。ふと目を上げると土手の上を颯爽と自転車をこいでいる女の子がいる。颯爽と自転車をこいでいる女の子は髪が長くてきれいで聡明で明るく誰からも好かれる女の子に決まっている。妄想の中では僕は大学生でその自転車の子に「こんにちは」と声をかける。女の子も照れた感じで「こんにちは」と返す。僕は造り酒屋の息子で夏に帰省して広い2階の座敷で寝ている。友達が遊びに来る。「いいなぁ。こんなとこに生まれて。こんな広い部屋でのんびりできるなんて羨ましいなぁ。」「なんだか海の音が聞こえるじゃないか。」「そうだよ。林の向こうは海だ。」あまり知られてないが実家の裏手の松林の奥にはプライベートビーチみたいに砂浜がある。「晩飯の後にお袋に言って酒とつまみを持ってきてもらおうか。」「親父には内緒で。」「おいおい良いのかよ。」「怒られるんじゃないか?」「大丈夫だよ。全部お前のせいにしておくよ。」「親父はお前の事が気に入ってるからな。」「勘弁してくれよ。」「でも本当に優しい両親に感謝しろよ。」「充分してるさ。」心の奥に聞こえるBGMのようなさざ波の音で、さっきまで気になっていたあの髪の長い女の子はもう心の中に居なくなっている・・・どんどん妄想が膨らむ。後戻りできないほどの妄想で、今日も眠れない。大体あのピアノの音がいけないんだ。美しい音色はだめだよと屁理屈をこね、そういえば朝の4時半からラグビーが始まるんだよなぁとベッドをきしませて寝返りを打っている。


vol.58

家具屋の思い出話

「サッカー」

今まさに世界はサッカーのワールドカップに夢中。7月20日の決勝に日本は進めるのか?今,日本代表チームのコーチ陣にはワールドカップ経験者がずらりと並ぶ。帯同しているがベンチに入れない経験者2人は試合終わりに戦った選手のシューズを磨いていると聞く。どの相手にも勝ちに行くことが当たり前となった日本代表チーム。バックパスばかり出していたひと昔前の時代とは隔世の感がある。サッカーの忘れられない思い出。昔々の僕の中学生新人戦。背番号は7番、この7番は背が低く足も小さく、足に合うサッカーシューズさえなかったがゴールラインから出そうなボールにもスライディングして愚直に勝ち取ったレギュラーの7番だった。ライトウイング。本来は右端ライン上を駆け上がりセンターにボールを送る役目。あの日はかなりの雨が降っていた。1点ビハインドで後半も終わろうとしている。残り5分。左サイドから攻めあがる11番佐藤。つられて引っ張られる相手チームのディフェンス。ポッカリとゴールエリアにスペースが生まれる。佐藤が中央に折り返す。そこに駆け込み左足でシュート。雨に濡れて重いボール。上に上がらず地面を這う。キーパー正面。万事休す。濡れたボール。キーパーがボールを滑らせ後ろに逸らす。吸い込まれるボール。ゴールネットを揺らした。審判が笛を吹く。ゴール?!同点に追いついた。「やった!」と、叫んだ。力いっぱい叫んだ。しかし声は出ない。全身に力を漲らせ、目いっぱい口を開けて叫んでいたが興奮した体は硬硬直していて声さえ発していなかった。音が止む。左手を上げて口を開けたまま走っている。風景はスローモーション。息ができない。センターサークル付近で立ち止まる。みんなの駆けつける音で我に帰る。同点。あと一点とみんなが人差し指を上げる。あと一点で決勝に行ける。決勝はローカルTVの中継がある。サッカーをやっている姿をお袋に見せられると頭に浮かぶ。しかしホイッスル。同点で試合終了。延長戦はなく、コインで勝敗が決まる。裏か表か?我がチームは表を選ぶ。地面に落ちたコインは裏側を見せた。無情にも負けが決まった。力が抜けた。精魂尽き果てた。円陣を組み何を言われ、どうやって学校にたどり着いたかは覚えていない。重い足取りで家に帰る。何とかたどり着き玄関ドアを開けて「ただいま」と言う。お袋の「お帰り」の声が聞こえた。気力はそこまでだった。「あんたずっとそこで何してるの?」えっ。今何処に居る?履いたまま帰ったストッキングを脱ぎながら僕は玄関の壁にもたれて寝ていた。寝ていたというよりは倒れていた。お袋は「もう何やってるの、いい加減にしなさい。」と叫んでいた。「わかったよ。」と言いながらいい加減じゃなく懸命にやった結果なんだけどなと自分では満足していた。日本代表入りした堂安律の「サッカーを愛しチームの為にがむしゃらにやっている奴の所にボールは来る」と言う言葉は決して間違いではないと思っている。


vol.55

家具屋の思い出話

「学生の頃」

僕が大学に入って2年後に松尾君が入学してきた。彼はとても華奢な体型ながら父に負担をかけまいと毎日が一生懸命でバイトもしていた。僕らのようにのんびり学生生活を謳歌している風のろくでなしとは全く違っていた。彼は一生懸命に生きる力がそうさせるのか時給がすこぶる良いバイトを次から次と探してきた。そしてそのバイト終わりには必ずカップ麺を段ボール箱ごと買ってきて「食べるものがあると安心するんですよ。」と目を細めていたことを覚えている。

彼が夏休み前に見つけてきた不思議なアルバイトがあった。沼を埋めるのに液体を流して腐らないようにする為の機械を設置した仮設の小屋の中で丸1日その機械が動いているのを見ているアルバイトだった。機械が止まると旅館にいるその会社の人を呼ぶ。ただそれだけの仕事だったらしい。夏のそのバイトの間、「一度仕事に就くと席を離れることもできなかったから三四郎も宮本武蔵も全巻読みましたよ。」と言っていた。それなのにとても良いバイト代だったらしく聞くところによると僕がやっていた電気屋の店頭のバイト代とは10倍ぐらいの差があった。「来年は僕にもそのバイト紹介してよ。」「いいですよ。」と言う話だったが、そんないいバイトを手放すはずもないのはわかっていた。

さらに一年後に入ってきた後輩が天神のカフェでバイトし始めてこっそり僕に言ってきた。「3階建てのそのカフェの3階の厨房に僕は居るので3階に来たらコーヒー一杯の伝票で何食べてもいいですよ。」とても悪いことだとはわかっていたが、松尾君の空腹を満たし、彼を喜ばせる為だと思い決行した。僕らは3階に上がり、背中合わせの別の席に座りそれぞれ好きなものを次々と注文した。当然最後に僕はコーヒーを注文する。松尾君も思いっきり注文している事が背中越しに聞こえていた。あらかじめ松尾君には小銭を渡して別々に清算するように示し合わせていた。僕は最後にカフェの彼から伝票を受け取りそ知らぬ顔で1階のレジに伝票を出した。手渡す伝票が小刻みに震えていて、己の肝の小ささがよくわかった。まあやったことのない者の罪悪感がそうさせたのだとも思う。「コーヒーですね。380円です。」お金を払い店の外に出た。助かった。少し先に歩いた。後から出てきた松尾くんに「おいしかったか?腹いっぱいになったか?」と言おうと振り向いた瞬間、僕は目を見開いた。彼の口元にしっかりカレーがついていたのだ。コーヒーとだけ書かれた伝票を出した松尾の口元に。「松尾、ばれてたかもな。やっぱ悪い事はしちゃいけないよな。」二人泣き笑いでバスに乗り下宿に帰った。

その夜カフェでバイトしているその後輩に報告すると彼は腹から笑った。「大丈夫ですよ。俺が何とかしてきますよ。」それから先の事はすっかり忘れてしまったが、たぶん僕なりに始末を付けたんだと思う。それにもう一つ不思議なことだがそれから先の松尾君の事を僕は全く思い出せない。口元のカレーは思い出すのに。

Cozy Flat 仲 洋史
名称Cozy Flat
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TEL0952-xx-xxxx